新皮質の解明〜ジェフ・ホーキンス『考える脳考えるコンピューター』を紐解く その2
はやいもので、双子の娘たちは小学校3年生になりました。ポンダッドです。
前回『考える脳考えるコンピューター』(ジェフ・ホーキンス著)の前半部から、「知識」とは何か?を考察し、定義しました。
書籍の第6章「新皮質の実際の働き」は、専門的で少し難解な記述がされています。しかし、ホーキンスは、その部分こそが自分が考えた理論の本質であるとしています。
「新皮質の謎」を求めて、さらに内側へと視点は移っていき、大きさ1μm(マイクロメートル/1,000分の1mm)※1 のシナプスにたどり着きます。
これらは、ホーキンスの理論を理解するうえで欠かせない内容です。ぜひ一緒に考えてみましょう。
知能は新皮質に宿る
図1: 新皮質の構造(1)
新皮質の構造をあらためて確認しましょう。新皮質のシワをのばして広げると、厚さ2mmの食事用ナプキンくらいの大きさになります。
図2: 新皮質の構造(2)
階層的に構造を表す図は、あくまで概念的な絵であり、実際の新皮質を正確に表してはいません。
新皮質を機能ごとの領域(region)ごとにナイフで切り分け、下位の機能から順番に、パンケーキ状に重ねたものをイメージすると、正確な構造を理解しやすくなります。
下の階層から上の階層に向かうと、各機能を統合する領域があり、それは「連合野」と呼ばれます。階層の最上位に位置するのは「海馬」です。
概念図には運動野が描かれていませんが、ホーキンスは、それを含めるにはパンケーキの階層をひとつ増やし、連合野につなげれば良いといいます。
感覚野において、下向きに流れるパターンは予測となり、運動野においては、下向きの流れは運動となります。
「中国語の部屋」の事例から考察したように、「物事を理解したかどうかは、外側から判断できるものではなく、内側の活動が基準になる。」という視点から、この概念図では運動野は省略されています。
柔軟な新皮質
また、新皮質の各領域にある副領域(Sub-region)の存在が、「時間的・空間的なあらゆる情報を均一に処理できる」裏付けとなることに気づきました。
視覚野を例に取ると、下の階層では単純な「線」を認識し、上の階層にへ向かうことで「目、鼻、口」そして「顔」を認識します。
各領域で階層間の情報をやり取りしていると仮定した場合、たとえば目を認識するのに、鼻や口の情報も含むことになってしまいます。
各領域の中で情報の取捨選択をおこなうとするならば、「マウントキャッスルの発見」に反します。各領域は「副領域」をもち、上位階層を通じて横の階層と間接的につながっているのです。
現実世界のモデル
図2は副領域を含めた概念図になっています。新皮質が階層構造をもつことは、ホーキンスの理論にとって、もっとも重要な概念であるといいます。
それは、現実世界が階層構造をもっており、新皮質がその階層に沿ったモデルをつくることで、予測が可能になるという考えにもとづいてるからです。
感覚器の入力から、現実世界の階層構造に沿ったモデルで予測できるようになります。そして、新皮質は時間的・空間的なあらゆる情報を均一に処理できます。
そのため、抽象的な言語・思考なども、記憶にもとづく階層構造をもつモデルをつかい、予測をたてることができるのです。
領域(Region/リージョン)の仕組み
図3: 領域の構造
新皮質の個々の領域は、典型的な副領域で小さな硬貨ぐらいの大きさといわれています。図3で示すように、水平方向に6つの層(Layers)に分かれています。
注:冒頭に確認したように、パンケーキ状の階層構造は概念図であり、実際の新皮質は厚さ2mmの食事用ナプキンのような形であることに注意してください。
また、領域の垂直方向は柱状構造(Column)になっています。ホーキンスはこの柱構造が予測の機構における基本単位であるとしています。
図4: 領域の情報経路(1)
図4を参照してください。柱状構造の上に向かう情報は、一直線の経路をたどります。
それに対し、下に向かう情報は、一直線の経路はたどりません。もっとも注目する点は第1層で広がっていろいろな方向に枝分かれしていくことです。
第1層で広がった興奮に対し、第2/3層と第5層が興奮します。その後、一部の第6層の細胞が興奮し、ひとつ下位の領域の第1層へ伝わっていきます。
図5: 領域の情報経路(2)
ホーキンスは、上下の情報伝達とは異なる、情報のフィードバック機構に着目します。
図5にあるように、第5層の巨大錐体細胞の軸索は2つに分岐し、運動の役割とは別に視床(Thalamus)に接続されています。
視床の中で興奮を伝えられた細胞は、さらに軸索を伸ばして、新皮質全体に渡る多くの領域の第1層へ興奮を返します。
ホーキンスはこの一連の動作が新皮質に自己連想記憶と同様の効果をもたらしていると推測しました。
柱状構造(Column/コラム)のはたらき
新皮質には情報の流れが「階層をのぼって集まってくるパターン」「階層をくだってひろがっていくパターン」「視床をまわって同じ階層に遅れて再入力されるパターン」の3経路であることがわかりました。
新皮質はこれらを一瞬のうちに処理し、記憶をもとに構造的なモデルを作成し、予測します。その具体的なはたらきをみてみましょう。
1. 入力を分類する
図3でみたように、柱状構造は領域内に複数存在し、同じ刺激に対して同時に興奮します。下の階層からの入力に対し、強い入力をうけとった場合、柱状構造は他の範囲が興奮するのを抑制します。
いいかえると、下位からの刺激を受けると柱状構造全体が興奮します。
2. シーケンスを学習する
図4より、下位領域の入力で柱状構造が興奮した際、第4層の細胞は第2/3層、つぎに第5層と第6層の細胞を興奮させます。
第2/3層、第5層が興奮状態にある時、第1層のシナプスが興奮をつたえると、そのシナプスの結合が強くなります。それが繰り返されると、第4層の興奮がなくても、第2/3層、第5層は興奮するようになります。
つまり、柱状構造の一部は下位の情報がなくても、上の領域からくる情報により興奮できます。これが学習です。
そして、第1層のシナプスから興奮が伝わってきたとき、下位からの刺激を期待します。これが予測です。
図4、図5でみたように、第1層には2種類の情報が流れてきます。第5層から視床を経由して戻ってくる情報と、上の領域からくる情報です。
- 第5層から視床を経由して戻ってくる情報は、直前に起きたことの記憶なので、ある柱状構造が興奮する前にどこが興奮していたかを示すものです。これにより柱状構造はシーケンスを記憶し、正しい順序で興奮できます。
- 上の領域からくる情報は、そのときに体験しているシーケンスの予測であるといえます。
つまり、柱状構造は「パターンのシーケンスを記憶し、予測する」といえます。
3. 名前をつける
図6: 柱状構造が学習したシーケンスに名前をつける様子
柱状構造は、下からの情報で、予測できることがわかりました。では、その予測はどのようにして上位階層に伝えられるのでしょうか。
図4右にある通り第2/3層の細胞は上位階層とつながっており、その興奮は上位階層への入力になります。ホーキンスは図6のような仕組みであると仮定しました。
第3層に抑制(inhibition)構造があり、第3a層にある細胞は、第1層に学習したパターンを見つけると第3b層にある細胞の興奮を抑制します。
第2層の細胞は名前細胞(Name Cell)であり、学習が進むにつれ、上位の領域からの情報だけで興奮できるようになります。
それにより、興奮が予測できるときには一定のパターンを返し、予想できないときには変化するパターンを上位領域に返す構造を説明できます。
この仕組みにより、新皮質はシーケンスを学習し、予測をたて、「シーケンスを表す一定のパターン」つまり「名前」をつくることができます。
つまり、柱状構造は「普遍の表現を記憶する」といえます。
4. 特定の予測をたてる
図7: 柱状構造が普遍的な記憶から具体的な予測を導く様子
経験したことのない出来事に対して、柱状構造はどのようにして予測をたてるのでしょうか。
音楽の例でみてみましょう。ここでは五度の音程(レミファソラ)の予測が求められているとします。
上位の領域から、五度の音程に対する予測を受け取ったとき、五度をあらわすあらゆる音程(レミファソラ、ミラファレソなど)に、第2層の名前細胞が興奮します。
領域には具体的な音が入力され、最後に聞いた音がレなら、レを含む音程を含む柱状構造は、その入力の一部をうけとります。
これら2つの集合の共通部分こそが、興奮させるべき柱状構造であり、音程レミファソラをあらわすものとなります。
このことからわかるように、第6層の細胞は上下からくる情報による興奮が共通したものである場合、自らも興奮し、つぎの出来事と判断します。
つまり、「柱状構造は上下の入力を認識し、具体的な予測をする」といえます。
ヘッブの学習則
ここまで、「シナプスが興奮する」という表現を多様してきました、もう少し詳しくみてみます。
図8: ニューロン
図3の領域各層にある図形はニューロン(Neuron/神経細胞)を示しています。三角形で表したのは、そのうち80%占める錐体細胞(Pyramidal cell/ピラミッドのように尖った細胞)です。
図9: シナプス
錐体細胞は数千個のシナプス(Synapse)を持っています。よって新皮質全体では30兆個を超えるシナプスが存在するといわれています。
ニューロンから伝えられる電気信号は、シナプスに達すると伝達物質が放出されます。受容体(レセプター)がその伝達物質を受け取ると、別のニューロンに電気信号を伝える仕組みをもっています。※3
シナプスに電気信号が送られ、伝達物質の放出準備をすることを「シナプスが興奮する」と表現しています。
神経学者ドナルド・O・ヘッブはヘッブの学習則※2 とよばれる法則を提案しました。それは「2つのニューロンが同時に興奮したとき、それらのあいだのシナプスは結合が強くなる」というものです。
ホーキンスは、この理論をつかえば、新皮質の振る舞いのほとんどが説明可能だとしています。ただし、記憶のパターン処理がうまく扱えないことも、問題点として指摘しています。
その問題点を回避するには、「連想記憶が階層的に積み重なっていること」と「柱状構造が正確に組織化されていること」が必要だとしています。
新皮質の解明
新皮質の構造、その内部のはたらきを理解することによって、どのようにして人間に知能が生まれるのか、という大きな謎が解明されました。
また、それらを生み出すのが電気信号であり、わずか1μmのシナプスによって伝えられていることがわかりました。
ホーキンスは自らが考案した理論に対し、以下のように述べています。
新皮質のはたらきに関して数多くの仮説を提唱してきた。仮説のいくつかは間違いとわかるであろうし、おそらくすべてに修正が加えられることになるだろう。詳細の多くは述べてさえいない。脳はきわめて複雑だ。
それでも、私はこの枠組が全体としては正しいものと確信している。新しいデータや発見によって細部は変わっても、核となる概念は生き延びるとしか考えられない。
まとめ
「ミクロの決死圏」もしくは「はたらく細胞」のように新皮質の奥底に潜り込み、その謎に迫ってみました。興味を持たれた方がいれば幸いです。
ホーキンスが示したこれらの枠組は、どのようにすれば機械で再現できるのでしょうか?まだまだ興味はつきません。
来週はホーキンスのその後を考察してみたいと思います。次回「その後のジェフ・ホーキンス」おたのしみに!
引用
※1 シナプスの微細構造まで鮮明に(理化学研究所)
※2 ヘッブの法則(wikipedia)
※3 シナプスにおける信号伝達(OIST沖縄科学技術大学院大学)